皆さん、こんにちは!フロンティア技研チーフの三浦です。
我が社の庭にあるフロンティアガーデンファームでは、今年も色々な野菜たちがすくすく育っています。中でも、ひときわ目を引くのが、たわわに実ったトマトたち!
緑色だった実が、日に日に真っ赤に色づいていくのを見ると、もう収穫が待ち遠しくてたまりません!フレッシュなトマトにかぶりつく日を夢見て、毎日水やりを頑張っています。
さて、そんな食卓のヒーロー・トマトですが、皆さんはこのトマトが昔、「毒がある」と信じられていた時代があったことをご存知でしたか?
私も初めて知った時は「え、マジで!?」と思いました。今回は、そんなトマトの驚きの歴史を紐解いてみたいと思います!
貴族を“死”に追いやった「毒のリンゴ」の正体とは?
トマトがヨーロッパに伝わったのは16世紀頃。しかし、当時のヨーロッパの富裕層の間では、「ポイズンアップル(毒のリンゴ)」なんて呼ばれて、恐れられていたんです。なんでも、食べた人が体調を崩したり、命を落としたりするケースが相次いだとか。
「一体なぜ!?」と思いますよね。主な原因は、実はトマトそのものにはなかったんです。
その理由は大きく2つ。
- 毒草との誤解: トマトは、当時毒草として知られていた「ベラドンナ」や「マンドラゴラ」といった植物と、見た目が似ていたんです。これらも同じナス科の植物。だから、「見た目が似てるなら、きっとトマトも毒があるに違いない!」と勘違いされてしまったんですね。
- 貴族の高級食器がまさかの落とし穴!: 当時のヨーロッパ貴族が使っていた食器には、鉛が多く含まれるピューター製が一般的でした。トマトって、結構酸味が強いですよね?この酸性のトマトがピューター製の皿に触れると、鉛が溶け出して食材に混入してしまったんです。結果、トマトを食べた貴族たちが鉛中毒になってしまい、「トマトのせいだ!」と決めつけられてしまった…というわけです。まさか高級食器が原因とは、皮肉な話ですよね。
観賞用から食卓の主役へ!トマトの華麗なる転身
長らく「毒」のレッテルを貼られていたトマトですが、徐々にその評価は変わっていきます。
まずはその鮮やかな色合いから、庭園を飾る観賞用として広まりました。そして、鉛の食器を使わない貧しい人々が恐れることなくトマトを食べ始めたところ、特に問題がないことが判明。
特にイタリアでは、貧しい農民たちの間で栄養豊富で栽培しやすいトマトが重宝され、パスタソースなど様々な料理に活用されるように。こうして、じわじわとトマトはヨーロッパ中の食卓に浸透していったのです。
今や世界中で愛されるトマト。フロンティアガーデンファームのトマトたちも、そんな長い歴史を経て、今私の目の前で輝いているんだと思うと、なんだか感慨深いものがありますね。
皆さんも、もしトマトを食べる機会があったら、ちょっとだけその壮大な歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
それではまた明日、毎日更新ブログでお会いしましょう!
このように、人々の暮らし方や価値観が変わっていく中で、不動産に対するニーズも常に変化しています。私たちフロンティア技研は、単に土地や建物を扱うだけでなく、こうした時代の流れやお客様のライフスタイルを深く理解し、未来を見据えた最適な住まいや土地活用をご提案できるよう、日々情報収集と研鑽を積んで参ります。
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